ピュアネット京都有限会社はグローバル時代の営業と国際会話を支援するサービス会社です。

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〒607-8075 京都府京都市山科区音羽野田町7-5

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山科駅

山科駅はマンションから歩いて15分。まっすぐ北に向かって少し登る。山科の旧字体は山の階と書き山科駅の北方、安朱から東野に向けてなだらかに下る階段上の地形にある。山科駅はJR京都駅のほぼ東(トンネルを越えた所)にあり、湖西線と琵琶湖線が分岐する所に位置している。 山科駅では東へ向かう線が同じプラットホームの両端で出会い、西行きもまた同じ。コンパクトな駅でありながら、両線を走る普通・快速・新快速を乗り継ぎ乗り分ける大変便利な駅である。

今ではこれに地下鉄東西線が交差し、京都市内直通の便もいい。加えて旧京阪(京津線)は、御陵と三条京阪を地下鉄相乗りながらも、逢坂峠越えをするもう一つの電車である。今の山科区は、かつての山科村、大石内蔵助を祀る大石神社もある。山科から京に向かう道は三条(旧東海道)と五条(国道1号線)とがあり、南方には名神高速道路で東インターと南インターをつないでいる。更に、近年十条通がトンネルで阪神高速と繋がった。

都市化が次第に進み、田畑は残り少なくなったが、京都に近い田舎。2つの県庁所在地(京都:大津)に挟まれる住みやすい街である。

ベランダより東を望む

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この音羽山を望む東の眺望が、このマンションを選ぶきっかけとなった。この写真の左の方には、少し窪んだ峠が見えます。その峠を逢坂峠といいます。逢坂峠を越えると、大津。湖西を辿るバイパスを、北に上がると父の故郷。若狭へは、車で約2時間。音羽山は、4月初めの桜もすぎ、新緑が萌える頃。(筆者の)父母曰くこの眺めが小中高大と続く学生生活の和みとなることだろうというのが、選んだ理由。

ちなみに兄妹の部屋から、リビングからも見えます。

音羽川の桜

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この写真は外環状線が山科駅から南へ下り西友の前を過ぎて、音羽川と交差する橋の上から下流を撮ったものです。音羽川小学校は、この橋より約250mほど上流の北側に隣接しています。この川は音羽山より牛尾観音の脇を通り国道1号と交差して、外環状線を横切り再び国道1号と出会います。この川の土手は、最初に国道1号を横切り再び出会うまでの約1kmは、土手の上が遊歩道になっており、両岸ところどころに咲く桜が楽しめます。

17年前に京都に越して、音羽川小学校区に住み、途中同じく校区の西友向かいのマンションに越して以来、四季折々に川の土手歩きを楽しみます。

この写真は、2014年4月2日満開の頃に撮りました。(写真:筆者)

本願寺山科別院にて

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4月も中旬を過ぎると、緑へまっしぐら。マンションから西へ直線距離で500メートルほどのところに、山科郵便局がある。

そのほぼ中間に本願寺山科別院があり、その近くを散歩することも多い。散歩の途中で筆者(Web担当者)が気付いた新緑の写真を一枚。

日本では学校の新学年や自治体の新会計年度など4月始まりも多い。これを英会話学校のPeterと話すと、英国ではそんな仕組みはないとのこと。ただ、ものの本によると、明治維新の前後英国で学んで持ち帰った仕組みだと聞く。農作業が春から始まるのに似てイギリスの暦も4月始まりだったとか。

Peter曰く、今のイギリスにはそんな習慣は全くないとのこと。

写真を見て、そんなことを考えた。

山科疎水

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4月20日日曜日。国道1号線沿いエネオスに併設されたドトールを出て、次第に雨が振りそうな予感がして午前中に一万歩の散歩コースを歩きました。京阪四宮駅から一灯園へ登る坂道を上がる。疎水べりを京都へ向かい、本国寺前(天智天皇陵付近)を下り地下鉄御陵駅へと向かう道。そして山科駅へと戻ると、ほぼ一万歩のコースとなる。

さて、疎水へ上がるとそこには疎水の大きな船だまりがあり、今は西に向かって疎水はトンネルを流れる。西側の出口にも船だまりがあり、その少し先を右に折れて山へ登ると毘沙門堂への道がある。疎水沿いに真っ直ぐ行くと洛東高校前に出る。更に疎水べりを進むと、疎水の両岸はジョギングコースとなっている。途中で三枚の写真を撮った。一枚目はトンネルを迂回する尾根を周回する旧の疎水沿いの道、途中にある公園に咲く八重桜。二枚目は疎水のトンネルを出て毘沙門堂へと続く橋の手前の一枚、菜の花と桜のコントラストが美しい。三枚目は本国寺前の橋を過ぎたあたりの看板の写真。

曇り空厚くもなく緑に向かう山里を楽しみました。

 

サウナと古代ローマ、夢を再び。

サウナに初めて入ったのは、1978年2月頃。
入社が内定していた日本IBMから配属先新宿事業所の案内があり、
住居を決めるために東京へ来たときのこと。
小田急線の生田駅の近くにアパートを決めた。富士山の見える場所。
東京駅の地下には、東京温泉と称するサウナがあり、初めて入った。
痛い思い出がひとつ。サウナのあと冷水を被って毛穴を閉めることを
知らず、大阪に戻ってから手酷く風邪を引いたこと。
しかし、以来サウナのファンになった。
新宿事業所時代、徹夜に近い仕事のあとのサウナで年期を積んで、
サウナは良き友に。
思い出深いのは、いくつかの英語版小説(ペーパーバック)を読んだこと。
映画で有名な卒業も。
京都に住んでからは、二つ目、今は銀座のサウナ、ルーマープラザ。
久しぶりの昼サウナでした。

Embedded Systems 再び

 (公財)京都高度技術研究所に籍を置いて厚労省プロジェクトに参加した昨年10月、研究開発本部の歓迎会、京都駅前の洋風居酒屋。
 20人ほどが向かい合い、中央には歓迎されるコーディネーターが2人(私もその1人)。私の前には研究所長。なんと研究テーマのEmbedded Systemsを俯瞰する貴重な体験談を一時間半。
 六ヶ月後研究所長の送別会、前研究所長の私への手土産は1980年代後半の某N社でのEmbedded Systemsの模索メモ、続いて1902年から1906年に至る同Systemの国際会議でのtutorial資料の束。
 逆に戴いた餞の言葉、「歴史は繰り返す。頑張ってくれたまえ。」

近況報告

 2012年10月四国本店の会社(ピュアネット株式会社)を本店移転し、社名と代表者名を変更しました。ピュアネット京都有限会社(本店:京都市山科区)の誕生。京都商工会議所に加入、立ち上げの事業骨格を決めるべく商工会議所の事業相談。
 2013年2月末京都パラスプラザで開催された、京都ビジネス交流フェア2日間に皆勤。(なんとこの交流フェアには、一年後ブース出展社として参加することになります。)長年のIT事業の勘を取り戻すべく、2月7-8日のCLOUDDAYS大阪を見学。既知のIT企業にお誘いを受け3月から夏まで顧問として勤務。アウトソーシング事業立ち上げと事業承継課題を抱える企業への対応を経験。

 9月に京都市内でのIT事業可能性を探し、府と市の外郭団体、京都産業21と(公財)京都高度技術研究所を訪問。10月から始まる厚労省プロジェクトのコーディネーターとして勤務を始めた。
 現在、平成25年度下期を終了。平成26年度コーディネーター活動を開始。京都IT産業支援に知恵を絞る毎日。

ご挨拶

 雁行の時代から、戦略提携の時代へ

 今年放映されているNHKドラマ「八重の桜」を、皆様はご覧になっておられるでしょうか?1860年代は桜田門外の変にはじまり、1868年は明治元年、戊辰戦争へと繋がる動乱の時代でした。京都が動乱の舞台で、今は、京都守護職が時代に翻弄される日々を描いております。そしてなんと、1868年には、東京へ遷都。皇居と其の周りに住む高級官僚(公家)が挙って東京へと去り、近代の建設が始まります。

 さて、ドラマはまさに京都1860年代。時代の変化は激流へと変わり、誰もが予測しなかった明治維新へと突き進む。翻って現在はまた、通商をテーマに政権も目まぐるしく変わり、新しい時代の扉を開けようとする。

新しい時代の設計要件は、次世代グローバル化に向けた市場統合(ローマップ作成)。市場統合は、規模の利益と参加機会の平等を2大歯車にして時代を動かす大波です。古くは、織田信長の楽市楽座、徳川末期の4カ国との通商条約、そして今。環太平洋のTPP,EU諸国とのFTA,日中韓のFTA。市場ルールには、関税の弾力運用化はもちろん、市場への流通商品規制(品質表示細目、要求品質の相互調整)、トレーサビリティ(産地表示)、産業セグメントへの参入規制、金融機関の自己資本規制など、いわゆる非関税障壁といわれた諸々のことが今後の討議対象に。

時代のスピードを占うとき、当時の1860年代と、今の2010年代に、大きな類似性を感じます。グローバル外圧の高まり具合と、内政の困難さが、この160年を隔てた二つの10年間を、そっくりに感じさせるため。

 どんな言語や文化の元でルール作りがなされ商談・提携が進み、どんな社会連携が姿を表すのか。大いに智慧を交換し、生き残るためのプロジェクトが必要とされる、そんな時代に突入したと考えています。時代は、企業が育つのを待たない、提携の時代へ突入したのだと。

生残りを賭けた販売力強化、グローバル化、ITアウトソーシング化をご支援。
販売力強化、IT強化には予算を組んで頂き、チームで対応。
ITアウトソーシングを14年経験、

勝ち残りプロジェクト
を貴社に。

IBM社で14年、ITアウトソーシング・サービスの営業と提供に従事、「グローバルIT」とお客様「サービス化」の巨大インパクトを経験。その間、会社はグローバル化を模索する実験の数々、自身も盟友ピーター(英会話提携校オーナー)に「グローバル会話」を鍛えられる日々。この環境を現場の方々と共有出来れば、まさに鬼に金棒。

魂の入るプロジェクトを提供を出来る事を念じつつ、挨拶を終わりたいと思います。